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2001年2月27日
はやいもので、もう3月。
いまさら今年の予定とかを書いたって、かなり寝ぼけたタイミングになっちゃった。が、いまのところはっきり決まっている今年の拙展の予定は、以下のふたつなので、年のはじめ?に、いちおう書いておく。場所は両方とも銀座である。まず最初は、8月6日(月)〜12日(日)の日取りで、澁谷画廊(中央区銀座7‐8‐1梅林ビル2F 03−3571−0140・0240)と、いうところで開催され、つぎは8月24日(金)〜30日(木)の日取りで、銀座・伊東屋(中央区銀座2‐7‐15 03−3561−8311)の、8階ギャラリーでの開催だ。
-----乞ご期待!
また今年は、イギリスでは「ジャパン・イヤー」の開催年度にあたっていて、これは橋本龍太郎元総理とブレア首相とのあいあだで決まったことだそうだ。日本の文化遺産を英国で宣伝するという国の外交行事である。この行事の一環として、拙作を英国の古城で展示したらどうかという、浮き世離れしたはなしも舞い込んでいる。また4月には、米国シカゴで開催されるミニチュアショーに参加するというはなしもあって、これら海外での活動は、現在語学堪能頭脳明晰な担当者が知恵を絞っている最中だ。いまのところ4月のシカゴは不参加で、しかし英国でのジャパン・イヤーには参加の方向で考えているようである。
-----乞ご期待!
まあ、そんなわけで、夏には一気にイベント・モードに突入しちゃいそうなので、本来ならば、そろそろ新しい作品でもつくんなきゃなんないところである。ところが今はトキワ荘モード(前回書いた)のまっただなかにいて、これが想像をはるかにこえる大難物。
しばらくは、これにかかりっきりになりそうだ。
ところで、はなしはコロッとかわるが、21世紀に入ってから(それを記念する意味で)おじさんは、最近流行の「禁煙」なんぞに、つい手をだしちゃって、もう三か月もタバコを吸っていないのだ。もちろん禁煙体験は初めてじゃないが、今回は拍子ぬけするほどカンタンだったので、内心がっかり、なのだ。禁断症状に苦しんだり、もだえたり、泣きわめいたりしながらの、ニコチンとの壮絶なバトルに勝って、そうしてから"クリントン的な”禁煙生活に入ろうと考えていたのに、ぜんぜん苦しみのプロセスがないのである。
-----たぶん年のせいだとおもう。
胃カメラを飲むんでも、歯を抜くんでも、死ぬのでもそうらしいが、20代30代だとものすごくたいへんなことでも、年配になると、さほどでもなくなるってことって、結構あるようだ。それとおんなじことだとおもうのだ。
あのブュッシュ氏は、40才の誕生日に酒をやめちゃったらしいが、タバコは60才か70才の誕生日あたりにやめるのが・・・ちょうどいいんじゃないのかなぁ〜。
2001年2月27日
2001年1月17日
おくればせながら「新年あけましておめでとうございます」本年も、どうぞよろし
くおねがいいたします。
と、いうわけで、はなばなしく(か、どうかは、わからぬが)21世紀がスタートし
た。そういった状況のなかで、芳賀がいまなにをやっているかというと、年明けそうそうからテレビもなんにも見ないで、朝から晩まで、毎日まいにち屋根のカワラをつくっているのである。もちろん模型のカワラだが、きのうも朝の4時までつくっていて、これでやっと500個ぐらいにはなった。しかし今回の仕事では、都合2000個ぐらいの日本瓦が必要なので、まだあと1〜2週間は、カワラとの格闘がつづきそうである。
一口にカワラといっても、普通の日本の屋根のカワラは計8種類(厳密には10種類)のパーツで成り立っていて、てっぺんのカワラ、中間のカワラ、すそのカワラ、鬼カワラなど、いろいろな型ちのカワラの集合体が日本の屋根である。だから、まず、それぞれのカワラの「マザー」を先に真鍮(しんちゅう)でつくって、これを原型として「型」をつくり、この型に樹脂を流し込んで、カワラを量産している。
ところで、なんのカワラかというと、これはトキワ荘のカワラなのだ。
手塚治虫や赤塚富士夫、石ノ森章太郎氏などといった、そうそうたるマンガ界の巨星たちが、共に青春のいっときを過ごしたという、旧トキワ荘アパートの物語は、そのまま日本のマンガのルーツでもあるので、ご存知の方も多いとおもう。もちろんとっくのむかしに取り壊されちゃっているが、これの模型展示物をつくるというはなしが以前よりポツポツとあって、若干の紆余曲折もあって、結局は21世紀の初仕事として、芳賀が現在、鋭意製作中なのである。
縮尺は15分の1だが、模型建築の全長が約1.5メートルにもなるので、かなりおおきな作品である。そして、完成したあかつきには、宮城県石巻市に現在竣工中の「石ノ森萬画館」に納入される予定になっている。この施設の完成予定が平成13年の6月29日なので、模型展示物は3月末日までに納入してほしいとのことで、非常にいそがしく、一刻の猶予もない。だから今月中にはカワラの製造をすべて終えちゃって、はやく建物本体にかからないと不安でしょーがない・・・という状況だ。
監修は、水野英子氏という旧トキワ荘アパートの住人で、少女マンガ界の大家の先生にお願いしていて、この方から建物にかんしての資料をいただいたり、おはなしをうかがったりしながら以後の製作をすすめるつもりである。
ところで今回は、社会的にかなり有名な建築物の製作なので、この際はできるだけ世間にアッピールしたいと考えて、2〜3の雑誌社に声をかけたところ、ビックコミックス・スピリッツ誌ほかの数誌が、取材をしてくださるそうで、そのうち雑誌の紙面を飾ることにもなりそうだ。
まあ、いずれにしても、芳賀の代表作のひとつになるようにと、特別の気合いを入れて現在、製作中なのである。今後の進行状況については、追ってまたこのコーナーでご報告するつもりだし、完成したら、もちろんこのウェブサイトに写真を掲載いたします。
-----乞ご期待!
2001年1月17日
2000年12月12日
前回のこのコーナーで、まともな作品がやっと一個できました・・・と、ご報告した。
これが11月の末のことだった。それからは、いきなり本を書きだして、これも12月の10日ごろには、どうにか脱稿することができて、今は、ほっと一安心しているところである。
今年は前半だらだらしていたが、年末にきて、やっと作家らしい活動ができたと喜んでいる。
本の題名は「国鉄真岡駅制作記」というものである。
私は平成9年に、栃木県真岡市より依頼されて、駅の模型展示物を制作したことがある。
この本は、その制作過程での、さまざまなエピソードや技法について100ページ程度にまとめたものである。私の本は少量印刷なのでちょっと値段は高い(一冊3000円)が、メールでご注文いただければ、サイン入りでお送りいたします。
そもそも、なんで急に、そんな本を書きはじめたのかというと、この真岡駅(作品題名・ステーション)の写真をある雑誌に掲載しようという計画があって、ならば記事が必要だと、いったんは30ページほどの読み物にまとめてみた。その後、どうせだったら、もうちょっと書き足して一冊の本にしちゃえと、なにからなにまでをぜ〜んぶ書いちゃったわけである。
実は私は、この夏にも「模型のこと映画のこと音楽のこと」というエッセーを一冊書いていて、今年は本が2冊も書けたのだ。今までは、だいたい年一冊がペースだったので、今年は、造型作品よりは、本が豊作の年だった。
立体造型物の制作という仕事は、視力が弱ったらおしまいである。その上、なにかと体力もいるので、あんまりよぼよぼになったら、やってらんないと思っている。その点文筆なら、アタマがボケない限りだいじょうぶ。ずっと続けられる。結構こう見えても、身体のガタもきているので、年齢が進んだら文筆に切り換えたいなあ〜、なんてことも、ひそかに考えている。
そういえば前回報告した「ぼろっちい工場」のタイトルがやっと決まった。それは「昭和38年・江戸川区鹿骨」というもので、今のところ非常に気に入っている。
私の過去のストラクチャー作品は、たいがいは未開の原野みたいな状況設定で、年代は戦前か、ないしは昭和の20年代ぐらいまでだった。
よく展覧会場では
「これ、いつごろの時代なんですか・・・」
なんて質問を受けることがあるし、場所はどこですか・・・と、聞かれることも多かった。だから今回は、タイトルにはっきりと時代と地名をうたい、これは、東京の近郊なんですよ・・・と、わからせることにしたのだ。そして例えば、荒川の土手の下などには、地味な工場がたくさんあったものだ。そのへんをイメージさせたかったので、区名にはぜひ「川」のつくものがほしかった。東京で川の付く区名となると、荒川区と江戸川区の2つである。どっちでも構わぬようだが「江戸」と付くことによって、地方の方々にも、容易に東京の地名だとわからせることができるので、これは絶対江戸川区しかない。なお、最初は「昭和36年」と、してたんだが、ちょっと気が変わり、先日「昭和38年」に直したところである。
2000年12月12日
2000年11月20日
今年もそろそろおわりだ。
作家になってから、これで5回目の師走を迎えるわけだが、年々雑用ばっかりが
ふえて、今年は、ほとんどなんにもつくれなかった。とても作品とはいえない程度
の、小さなものは、パラパラッと数点つくったが、どれもファンのご期待に添える
ようなもんじゃあなかった。
「これでは、あぶない!」
と、感じ、この11月に入ってからは、あわててひとつの作品に取り組んでいた。
この作品は、年明けの早々の2月ごろ「20世紀最後の・・・」的な、意気込みで
とっかかったストラクチャーだったが、その後、つい先日まで、ずっとお蔵入りしてい
たものである。と、いうのは、3・4月と催事がつづき、6・7・8月にも催事があって、
おかげで腰痛はでちゃうし・・・、そして9月のオリンピック中継には、つい夢中に
なりすぎちゃったし、ジャイアンツの優勝にも喜びで体がふるえてしまった。そしたら
秋になり、冬になっちゃったんである。だが今度は、アメリカの大統領選挙のゆくえ
が実におもしろいし、急にはじまった自民党のゴタゴタも、滅法おもしろい。今年は
あんまりにもおもしろいことばっかりがつづいたので、作家のみなさんは、なべて
不作の年になったんじゃあなかろうか・・・。
でも、とにかく11月にはいってからは、おじさんはがんばったのだ。そしたらどうに
か格好がついてきて、いまやっと最終段階に入った、芳賀一洋ひさしぶりの新作で
ある、これは「未完の町工場」という仮のタイトルで、夏ごろ雑誌DDDにチラッと掲載
されたが、その後大幅にバージョンアップして「20世紀最後の大作」として、その
価値を長く後世に伝えよう・・・、まあ、非常にぼろっちい工場である。
と、いうわけで、まだ完全にできあがった訳じゃないが、だいたいはできたので、
先日わたしの工作教室で
「見たいひとがいたら、いまなら見せてあげるよ・・・」
と、マイクでしゃべったところ。
完成後、いったん箱にしまっちゃうと、ちょっとやそっとじゃあ出せないし、ま
た、さっさとしまわなけりゃ―つい、どっかをなおしたくなっちゃって―いつまで
たってもおわらないからだ。
いまは電信柱に電線を張っているところだが、電線がおわったら、1〜2本の木を
植えて、最終チェックををして、台わくの木を取り付けて、そして最後にでっかい箱を
つくり、そのなかに収納したら完全完成である。
このところ毎晩、題名を考えながら、朝まで焼酎を飲んでいる。当初は「父のおも
いで」あたりでもぶちかまそうと考えていたんだが、これだと作品のムードとは違う
ような気がしてきて、いま思案しているところ。ま、いずれにしても、撮影はするので、
年明け早々にはこのホームページにも掲載できるとおもう。
2000年11月20日
2000年10月3日
───はじめまして、芳賀一洋です。
やっとホームページを立ち上げることができた。周囲からは、もう何年もまえからいわ
れていたんだが、なにしろ芳賀はパソコンができないちゅう哀れなおじさんで、そいでこ
んなに遅れてしまった。
だが、たまたまわたしの教室の生徒にこの道のプロがいて
「まかせるから、適当なのをつくってよ・・・」
「いいっす、よ」
こないだ教室で、そんな会話があり、お陰でやっと時流にのることができた。
さっきその生徒(と、いってもオッちゃんだが)の勤めさきの、セガとかって名前の会
社に行って、できあがったばかりのこのウェブサイトをチェックしてきたところだ。と、
いったってこちとらは、HPにカンしてはまったく無知なんだから、チェックのしようがな
い。だから、ただパラッと見てから
「作品の写真はまだ山ほどあるんだから、おいおい増やそうよ」
「そうしましょう」
なんてはなしをまとめてから、たばこを本吸ってきただけだ。
まあ、そういったわけで、そのうち写真の点数も増えるとおもうし、いろいろな情報も
逐一増やそうとおもっている。そしてこのウェブサイトは、とりあえずはその牧野という
生徒が管理してくれることになっていて、なにかの質問や、対応が必要な書き込み等が生
じたら知らせてくれることになっている。また、ご意見ご希望なども、遠慮なくドシドシ
書き込んでほしいとおもっている。でも牧野氏は、クラフトの制作にカンしても、むしろ
芳賀よりずっとうまいぐらいのひとだから、どんな質問でもダイレクトにビタッとわかっ
ちゃうんだよ・・・。
ところでこのHPは英語圏ねらいなので、英文優先にしてある。だから日本人からみると
、そのへんが若干わかりにくいかもしれないが、どうかご勘弁いただきたい。
2000年10月3日
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